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森田 正弘(もりた・まさひろ)氏
 1981(昭和56)年法政大学工学部土木工学科卒、大都工業(現みらい建設工業)入社。2004(平成16)年管理本部経営企画室課長、2009(平成21)年社長室部長、2011(平成23)年管理本部総務人事部長、2012(平成24)年管理本部経営企画部長、2016(平成28)年執行役員施工本部副本部長、2018(平成30)年取締役兼常務執行役員管理本部長。東京都出身、61歳。
若き日、根っこを作ってくれた所長の薫陶
「今の私の根っこを作ってくれた現場です」。森田氏が懐かしげにそう語るのは、今から30年ほど前に岩手県釜石市で携わった「釜石港平田地区作業基地積出施設工事その2」。
 入社して3年目。次に配属される現場が決まっていたのに、人手が足りずに急きょ呼ばれて行ったのがこの現場だった。実はそこに、運命的な出会いが待っていた。
 列車を乗り継いで釜石駅に降り立つと、迎えに来てくれていたのが、現場の宮川昌哉所長。「飯は食ったか?」と聞かれ、「汽車の中で済ませました」と答えると、「それならよし」と、旅館に荷物を置き、事務所にも立ち寄ることなくいきなり現場に連れて行かれた。結局その日は、深夜まで現場でみっちり測量の作業をさせられた。
 「とんでもないところへ来てしまった…」。そう思ったのもつかの間、次のとんでもないことが早速、次の日に起きた。宮川所長と同期入社の同僚、そして森田氏の3人が宿舎にしていた旅館から、毎日の食事などの時間があまりに不規則過ぎるといって追い出されてしまったのだ。だが、捨てる神あれば拾う神あり。幸い、事務所で働いていた女性事務職員の計らいで親戚の家に3人を布団付きで下宿させてくれた。初めての土地で受けた地元の人の情が胸に染みた。
 工事は岸壁にボックスカルバートを造り、ダンプが入る道路を整備するもので、工程の厳しい突貫工事だったが、不思議とつらいとは思わなかったという。毎朝、下宿を出て現場に向かうと、海をバックに朝日を浴びた仕事場が視界いっぱいに広がる。自分で墨出しをしたり測量をしたりしたところが少しずつ形になり、風景が思い描いた通りに毎日変わっていく。「現場はダイナミック。それがとにかく楽しかった」。
 仕事では日々、宮川所長の指導を受け、着工から竣工までのストーリー、発注者や協力会社との付き合い方など現場のイロハをたたき込まれた。朝は協力会社の作業員が来る前に、前日までの出来形を確認し、その日の作業の段取りをきっちり行う。現場の事務所と仮設トイレはまず所長が掃除をする。いつも真面目に、諦めず、そして笑顔で仕事をする―。それが宮川所長の教えだった。所長が最初にトイレ掃除とは面食らったが、その後、自身も所長を務めるようになってからは、いつの間にか実行していた。
 下宿暮らしも楽しい思い出だ。3人がこたつに足を突っ込み、宮川所長はウイスキーの水割りを片手に読書、森田氏と同僚の2人は土木施工管理技士試験の勉強。2人で互いに問題を出し合い、正解が分からずに2人とも沈黙していると、すかさず宮川所長の講義が入る。読書に熱中していたように見えたのに、自分たちの話をどうやって聞いていたのか、いつも不思議に思った。こうして生きた教材で勉強した甲斐もあって、2人とも検定試験に無事合格した。
 「あの現場での経験は、自分にとっては宝物です」。その後、各地で多くの現場を手掛ける中、「宮川所長は私が目標とする超一流の技術者。宮川所長に合格点をもらいたい、あんな所長になりたいと常に思いながら仕事をしてきた」と振り返る。現在は管理本部長として現場の最前線に関わることはなくなったが、「今でも安全パトロールなどで現場に行くと、そのダイナミックさと、そこで働く人たちの生真面目さに当時のことを思い出し、心を揺さぶられます」。
釜石の現場で。
右が宮川所長、左が共に試験勉強に励んだ同期入社の坪木慎二氏

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