Human's voice 技術者たちの熱き想い

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 関西国際空港の埋立工事は、「海洋土木技術の集大成」といわれるほど、わが国の最先端の技術が導入されている。こうした中にあって、けっして目立つ存在ではないが、巨大プロジェクトのポイントとなる1つの技術がこの工事で活躍する。それは深さ20mの海中の様子を、まるで自分の目で見たかのように高精度に把握できるシステムだった。「あまりにも見えすぎる!」。システムを目の前にした建設技術者たちは、賞賛とともに思わず驚きの声をあげた。

沈下量10数m。超軟弱地盤に挑む

 関西国際空港Ⅱ期工事は、Ⅰ期よりさらに過酷な条件での施工となった。埋立面積は545ha、護岸延長13km。Ⅰ期より一回り大きいが、そのこと自体はさほどではない。問題は、水深がⅠ期の18mから19.5mとさらに深くなったこと、しかもそれに輪をかけるように、軟弱な沖積粘土層がⅠ期より30%も厚い20−26mも堆積していたことだった。
 したがって工事は、見えない海面下で沈下との戦いでもあった。予測によると、沈下量はなんと10数m。工事の進捗に合わせて、沈下の進み具合を予測・計測して解析しながら施工していかなければならない。
 沈下の計測と精度確保は最優先すべし。発注者からもこう厳しくいわれていた。
難題を克服する切り札として投入されたのが、増田が開発した水中施工管理システム「ベルーガ」だった。
 「広い範囲のデータを一度に得ることができるナローマルチビーム測深ソナーやGPSなどの測量機器を効率的に組み合わせたものです」。
 増田はベルーガのシステムについて、こう説明する。もう少しわかりやすくいえば「水中の面的な深浅測量を、高精度で迅速にできる」オリジナルシステムである。目に見えない水中の様子を、高精度に測量し断面図・平面図・三次元鳥瞰図で表現することを可能にした。これらをもとに解析し施工を管理する。
 システムのポイントは、「リアルタイムであることと高密度な計測が可能」な点にある。要するに「広範囲のデータを一度に高密度で得て、リアルタイムに処理することができるようにした」のだ。今日の技術の進歩を考えると簡単なように思えるが、建設現場で使える実用的なものはなかった。理由は、現場で使えるだけのリアルタイム性をもたせることができなかったからだ。

点から面へ。cm単位で管理しよう

 「リアルタイム性は、建設現場で極めて重要」と増田は強調する。というのも「工事は毎日進むので、リアルタイムでなければ意味がなく、明日の工事に生かせず、通用しない」のだ。もう一つのポイントである高密度も重要な要素になる。とくに沈下管理が重要である関空Ⅱ期埋立のような工事では、高密度のデータを取得することが精度を確保するための生命線である。
 平成11年、ベルーガは関空Ⅱ期工事に向かった。
 「一般的には点の測量だろうが、われわれは面で測量して管理しよう」。増田は関空Ⅱ期にあたってこう提案した。「ほかの工区が平面的には5mメッシュだとすれば、われわれは1mあるいは50cm、沈下については10cmオーダーで管理しよう」とも訴えた。ベルーガならできるという自信があった。
 自信はあったが、やはり最初は不安なものだ。現場の人たちの反応も気になる。導入当初から軌道に乗るまでの約3ヶ月間、東京と大阪を通勤する日が続いた。
 「バージ船の一投から細かくあらゆるデータを取っていきました。その結果、ものすごい量のデータを蓄積できました。それらを重ね合わせながら沈下量を算出していくわけですから、高精度に管理できるのは当然です」。現場も喜んでくれた。
 その性能の高さは、関空Ⅱ期で自社工区だけでなく他社工区まで波及していったことで証明される。とくに解析の部分では「6工区すべてをベルーガでやりました」。
 発注者からは感謝された。だが増田は、「発注者からいろいろ要望を受けたことで、どんどんバージョンアップできました」と逆に感謝しながら、「関空Ⅱ期はベルーガの育ての親になりました」と喜ぶ。

あまりに見えすぎて困るんじゃないか?

 いまでは高い評価を受けるが、電気専門の技術者として増田が入社した頃は、この分野では会社は草創期で、ほとんどゼロからの出発だった。「まず自分で秋葉原にパソコンの部品を買いに行って、本当に簡単な装置をつくることから始めた」と当時を振り返る。
 転機となったのは、「水中で音波を出して測量する」ナローマルチビームとの出会いだった。これはいいと直感した。平成7年4月。待望のナローマルチビームが届く。そしてそれから一週間後、あの阪神大震災で無惨に壊れた護岸の復旧調査。これが運命的ともいえる出発点だった。
 「同業ではもちろん初めてでした。使ってみて、本当にいろんなことがわかりこれはいいと実感しました」。
 こんなこともあった。今後の展開を考えてあるお役所を訪ねたときのことだ。役所の人から、「こんないいものがあるよ」と資料を見せられた。それはナローマルチビームを使って増田が調査し自らまとめた阪神の護岸の調査報告書だった。
 「資料を見せられて、嬉しくなると同時にこれは絶対にいけると確信しました」。7年ほど前のことになる。現場向けに研究改良が始まった。2年後、1つのシステムが完成し、関空Ⅱ期に投入されることになる。
 そんなベルーガも開発した初期の段階では、思いもよらぬ声が上がった。性能を目の当たりにした建設技術者たちだった。曰く、「そんなに高精度だと、見えすぎて困るんじゃないか」。もちろん冗談半分でむしろ賞賛の声である。予想をはるかに超える精度の高さに技術者達も大きな衝撃を受けた。

まだまだ発展途上。これからが勝負だ

 増田は、「仕事するのが楽しくて仕方ない」という。楽しむという前向きな姿勢に加えて、地道な努力を厭わなかった。しかもそんな地道な努力を周囲に感じさせない明るさ。それが増田の魅力だ。
 先進的な仕事に、「社内で会話してもなかなか通じない」と笑うが、それでも「増田がやっていることなら大丈夫だろうと認めてくれるようになりました」。当初ベルーガが見えすぎるといわれたときもそうだった。
 高精度によく見えるということは、同時に施工の精度が正確に確認できるということであり、ごまかしがきかないことを意味する。ただ、技術者にとっては、確認できる精度に限界がある場合、そうした部分については経験と勘に頼らざるを得ない局面も皆無とは言えない。検証に検証を重ねても、どこかで決断を迫られることになる。「見え過ぎてしまう=ごまかしがきかない」べルーガに対する会社の評価は「これほど高精度ならいい施工管理ができる」というものだった。「マリーンの東亜としては業界初でやるべきだ。モラルということばかりではなく、海洋土木会社としていい仕事をするため前へ進もう」と積極的に採用してくれた。そんな姿勢に感謝した。
 増田の先進性とそれを認める会社の懐の深さ。この2つが共鳴しベルーガは誕生した。
 「自分もそうですが、ベルーガはまだ発展途上です」。それでも増田はこう話しながら、「これまでの5年間は準備期間、いまこそスタートです」と位置づける。謙遜ではなく、自信から来る言葉だ。「これからもどんどんバージョンアップする」と見通す。確かな根拠も展望もある。
 「冷静に見れば、ナローマルチもGPSも海外の技術で技術のベースは海外です。自分たちで基礎から応用まで一貫して手がけたい」。これからに対する秘めた思いは熱い。

ベルーガ・システム - リアルタイム・高密度水中施工管理システム

■べルーガシステム概念図載

 システムは、測量船に搭載して計測する。測量で得た高密度のデータは、リアルタイムに処理されテキストファイルに変換。データを無線伝送すれば、多くの場所で情報の共有が可能だ。埋立土砂投入管理システム、埋立土砂層圧・沈下管理システムというように、改良され進歩してきた。あるダム湖の堆積物の調査では、組立式の小型双胴船に搭載した。長さは4m強、幅は2m強で重さはなんと80kg。狭く水深が浅い場所でも入れるし、遠隔操作での無人の調査も可能だ。250mの深さまで測ることができ、近く、九州の人工湧昇流の工事で稼働する。