Human's voice 技術者たちの熱き想い

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 防波堤や護岸など、港湾構造物を建設する際には、基礎となる海底地盤の支持力が重要なポイントになる。海の底に安定した地盤を確保できなければ構造物が沈下、変形してしまう恐れがあるからだ。サンドコンパクションパイル工法は砂の杭を地盤に打ち込むことによって地盤の支持力を高める工法だ。「地盤改良一筋」のベテラン船長に、軟弱な海底面を強固な地盤に生まれ変わらせる方法を聞いた。

自らを信じる姿勢が、日本の海を活かしている。

 まさに海上に浮かぶ“工場”と呼ぶに相応しい威容である。サンドコンパクション船KSC−S70は、数カ月に及ぶ現場を終え艤装の最中だった。エンジンのオーバーホールから各装備のチェック。岸壁に係留され、休息の時を過ごしてはいるが、その姿からは疲労感など微塵も感じられない。この巨大な作業船の船長である井上は54年間の人生のうち3分の1近くを海上で過ごしてきた、文字どおり海の男だ。「わたしは商船の出身なんです。タンカーや貨物船の船員として海外の航路を巡っていました。」現在の会社に入社したのは平成元年。休暇中に作業船の前任者に誘われたことがきっかけだった。船乗りとしての新しい分野に対する興味が井上の背中を押した。「でも、『作業船』がどういう船なのか、港湾土木の知識も全く無かったんです。船に乗って『えらいところに来てしまった』というのが第一印象ですね」と笑う。最初からサンドコンパクション船だった。操舵室からの視界からして違う。タンカーは目の前に海が広がり水平線まで一望できる。作業船は手が届きそうな場所にあらゆる装備が施され、見上げるほどのケーシングパイプが視界を遮っていた。
 「仕事を覚えなければならない。それは必死でした。自分で猛勉強し、先輩の一挙手一投足にも目を配った」。同じ船でも構造から役割まで全く異なる世界。「それでも1年ほどすると、あらゆる場面で『おれならこうする』という自信のようなものがついてきました」。井上の「自らを信じる姿勢」は海の上のハードルを軽々と超えた。「後輩たちにもあまり喧しいことは言わない。わたしのやり方を観ていれば、自分なりの方法論が自ずと見つかるはずですから」。後輩や部下にも揺るぎない信頼を寄せている。チームワークは当然だが、それ以上に自分を信じることだ。
 日本全国、数え切れないほどの海の現場を担当してきた。「世界中を廻っていた頃に比べ、何よりも日本の海で働いているという充実感があります」。商船時代にしても同じことだが、船に乗ってしまえば何ヶ月も自宅に帰ることはできない。しかし、自らの手で日本の海を活かしているという誇りと自信がその言葉からにじみ出てきた。

基礎の基礎を固める。見えない海底地盤との勝負。

 井上が乗船するサンドコンパクション船は防波堤や護岸築造の基礎工事で稼動することが多いという。「軟弱な海底地盤が相手です。そこに場合によっては直径2mの砂杭を数千本単位で打ち込み、軟らかな地盤と置き換え強固な地盤を形成します。その上に基礎マウンドを造り、巨大なケーソンを乗せるので地盤には高い支持力が要求されます」。以前は浚渫で軟弱な部分を取り除き、山砂など良質な土砂を投入していたが、浚渫土砂処分場の確保が困難になってきたため、この工法が環境に配慮した工法として採用されるようになった。
 打設される砂杭の隣接間隔はわずか10cm以下の時もある。しかも水深20mを超える海底だ。精度を維持しながら何千本もの砂杭を施工していく。「そこが『腕』の見せ所です」。まさにこれこそが「技術」なのだ。砂杭を打つポイントは高性能のGPSシステムが教えてくれる。しかし自航式ではないサンドコンパクション船は、海底に6個のアンカーを打ち、操船ウィンチの巻込み、巻出しにより船体を移動させ位置を決める。砂杭の造成はパソコンのモニターやメーターに示された品質管理項目となるケーシングの深度、管内の圧力や砂量の数値を読み、3人のオペレーターにより行われるがシステム全体に的確な指示を出す船長には、長年の経験と確かな技術が要求されることは言うまでもない。「砂杭とはいえ、締め固められた砂は密度が高く、少しでも重なると打設は困難です」。
 井上は諫早の現場で貴重な体験をしたという。干満の差が大きな諫早湾で、施工した海底地盤がその姿を現したことがあった。砂杭と砂杭のわずかな隙間に木の竿を挿し込むと、いとも簡単に地中に飲み込まれてしまう。だが砂杭の部分は硬くて竿を挿し込むことができない。改良された地盤はそれほど強固だった。それまで目にすることがなかった海の底は、自らが施工したサンドコンパクションパイルによって確かに生まれ変わっていた。海底地盤の基礎の基礎を創造する誇りを実感した瞬間だった。

「安全」を管理できなければ船長ではない。

 「安全第一」。緑十字とともに現場には必ず掲げられているスローガンだ。ともすれば当たり前になってしまうこの標語に、井上は船長として絶対の使命を感じている。サンドコンパクション船は高さがあり重心が不安定だ。ケーシングの上部にも様々な装備があるため、風を受けて大きく揺れる。「構造が複雑な船ですから故障も少なくない。高い場所で修理をする時は今でも恐い思いをします」。ケーシングの上から部品が滑落することもないとは言えない。デッキには黄色や赤のラインが引かれ、進入エリアが厳格に規制されている。「事故が起きてしまうと結局工期も全うできない、信頼も失墜する。いいことはないんです」。作業を中断させてでも安全を優先する。12名のクルー全員の安全が船長の双肩にかかっているのだ。常に次のアクションを念頭に置いている。「作業の進捗状況と海の状況や天候を読む。明日は海が荒れるから作業は難しくなる、それならば今日の作業は遅らせるわけにはいかない、その場、その瞬間で判断します」。的確な判断が結果的に安定した現場を実現する。
 これまでの現場で工期を遅らせたことはない。工期日程の最終日に最後の1本を打ち込む、その瞬間が何よりも嬉しいと言う。「コンピューターに示される数値からでも地盤の硬さを手ごたえとして感じることはできます。しかし見えないところで仕事をしていますから、なかなかその成果を実感することは難しいですね。しかし数年後に訪れた現場に立派な防波堤が完成している様を目にすると、その時初めて達成感を味わうことができる。なんとも言えない感慨が湧いてきますね」。
 饒舌な人物ではない。口調も穏やかだ。しかしヘルメットをかぶりデッキに立つとその表情が変わる。確かに海の現場のプロフェッショナルだ。定年まであと数年、そのときを船の上で迎えたいと最後に語ってくれた。

サンドコンパクションパイル工法 - 海底に打ち込まれた砂の杭が地盤を変える

 サンドコンパクションパイル工法は、軟弱な海底地盤中で、材料となる砂を締固めることによって砂杭を造成して地盤を安定させる工法である。原地盤の状況に応じて様々な方式が開発されている。井上が操船する「KSC−S70」も、砂杭を造成する際に所定の位置まで引き抜いたケーシングパイプを打ち戻し、パイプの自重とバイブロハンマーの振動を加えることにより砂杭を拡径して締め固める「打戻し方式」と、ケーシングの先端に装備した突き固め装置を上下させ、砂を強制的に排出する「先端拡径締固め方式」の両方に対応している。