ポート エコロジー port ecology
名古屋市立大学大学院経済学研究科 准教授 香坂 玲
政府は今年3月、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めるための基本的な計画「生物多様性国家戦略2010」を閣議決定した。同戦略では生物多様性の損失を止めるために2020年までに行う行動(短期目標)や生物多様性を現状よりも良くする中長期計画などが盛り込まれている。この10月には名古屋市内で「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)が開催され、新たな世界目標などが検討される。海洋事業にも緊密に関係する生物多様性の保全・向上について、名古屋市立大学大学院経済学研究科の香坂玲准教授に寄稿していただいた。
香坂玲(こうさか・りょう)
1975年静岡県生まれ。東京大学農学部卒。ドイツ・フライブルク大学環境森林学部で博士号取得。06年国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、08年4月から現職。COP10支援実行委員会アドバイザー、国連大学高等研究所客員研究員、名古屋都市センター調査課特別研究員も務める。
◆人間生活にも影響を与える生物多様性条約◆
本年の10月に愛知県名古屋市において、生物多様性条約の第10回締約国会議、いわゆるCOP10が開催される。
1992年の「環境と開発のための国連会議」(UNCED)、いわゆる「リオの地球サミット」が契機となって、生物多様性条約と気候変動枠組条約は誕生した。同じ時期に誕生したにも関わらず、両条約は開催頻度が異なることから、ほぼ毎年開催される気候変動枠組条約は、2009年12月にコペンハーゲンで第15回目となるCOP15が開催されたのに対して、大体2年に1度のペースで開催される生物多様性条約は、2010年に第10回目のCOP10の開催となっている。知名度でも差がついているという関係者も多いが、気候変動と生物多様性の損失は密接な関係があり、人間の生活に跳ね返ってくるという意味では生物多様性も人間生活に影響が大きいテーマだ。
◆遺伝資源のある国、それを利用した国が議論◆
さて、生物多様性条約の3つの目的は,以下のとおりである。
(1)地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
(2)生物資源を持続可能であるように利用すること
(3)遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること
三つの目標は、微生物などを利用して得られた製品や特許について、その金銭的な利益や知識・技術について、遺伝資源がもともとあった国とそれを利用した国で話し合って、お互い納得できる仕組みを作ろうという内容となっている。現状では生物多様性条約の範囲は主権の及ぶ二カ国間の取り決めであり、公海や深海の海底については国連の別の委員会等での議論が行われている。
◆埋立事業に関わりの深い項目がテーマに◆
環境に関わる条文は、各締約国が実践してこそ意義があり、条約の目的達成に向けた枠組みについて話し合う必要がある。そこで、条約に参加している国々が定期的に集まり、課題、資金の割り振り、方向性、成功事例の共有、能力訓練の実施、基準の設置などについて話し合う、その会合の場が締約国会議(COP)である。さて、COP10の議論では、奇しくも、海洋・沿岸域、内陸水あるいは保護地域などの形で埋め立てなどにも関わりが深い項目が集中的に議論される内容として予定されている。世界的な傾向としては地球規模生物多様性概況の第三版や、日本国内の生物多様性の総合評価でも、開発行為などによって、沿岸域の生物多様性が悪影響を受けていることが懸念されている。
◆都市デザインと生物多様性の関係◆
学術界も積極的な貢献をしていこうということで、都市デザインと生物多様性(URBIO2010)が開催され、工学、生態学、農学などさまざまな立場から、どのように生態系に配慮した都市デザインが可能か、特に生態系の連続性というものをどのように確保していけばいいのかという視点から議論が交わされた。
特に、埋め立てや沿岸での再生事業では、近自然型の工法、鉄鋼スラグを利用した藻場やサンゴ礁の再生をめぐって日本の技術に注目が集まっている。水産資源の輸入を巡って、日本に対する風当たりが強くなっている時期でもあり、日本の技術を生かしながら、生物多様性の保全と持続可能な利用を両立させていくような取り組みが求められている。国内で丁寧に培ってきた地元住民やステークホルダーとの合意形成のノウハウも発展途上国と共有する、ソフトな技術移転も求められている。関係者からは、日本が海洋・沿岸域でのハードとソフトの両面からの積極的な貢献を期待する声があがっている。