PORT REPORT 新みなとまち紀行

PORT REPORT 新みなとまち紀行

Cover Issue   九州の中央部に位置する熊本市と有明海を隔てた対岸の都市、そして世界とを結ぶ海上輸送拠点の熊本港。その背後には、周辺の町を含めた100万人が暮らしており、陸上の交通網も拡充されてきている。地域経済を支えるべく厳しい自然条件をクリアしながら造られた港は、大きな発展性を秘めている。


熊本港の歩み
 熊本港計画の策定が開始されたのは1971(昭和46)年。1974(昭和49)年に重要港湾の指定を受ける。1987(昭和62)年、港と陸地をつなぐ橋梁と作業基地が完成し、本格的な港の築造工事に着手。
 1993(平成5)年に島原間の航路が開設され、1999(平成11)年、釜山港間のコンテナ国際定期航路を開設。2001(平成11)年、関税法上の開港指定を受ける。
 現在、旅客フェリーは天草間を含め3航路が就航している。


アクセス
[空路]熊本空港から車で45分
[鉄道]JR鹿児島本線 熊本駅・川尻駅から車で15分


構想から100年、若い港が街に活気を

長く待たれた海の玄関口

 市街の中心部に設けられた長いアーケードは大勢の人々でにぎわい、そのそばをレトロな風情を感じさせる路面電車がしきりに行き交う。約70万人が住む熊本市は、福岡市・北九州市に次いで九州全体で3番目、九州中部〜南部で最大の都市だけあって、街は活気であふれている。
 戦国武将・加藤清正の功績として知られ、日本三名城のひとつに数えられる熊本城とともに、城下町が形成。明治時代には国の出先機関の多くが設置され、戦前までは軍都として、戦後は九州の文化や産業をけん引する一方、豊かな田園都市として、発展の道を歩んできた。  市を貫く国道3号線から西へ向かうこと約8km、有明海へ行き着いた先に熊本港がある。一般に「熊本」と聞いて、みなとまちのイメージを思い浮かべる人は少ないだろう。それは、先に述べたような街の歴史の印象が強いことにもよるが、熊本港がまだ「若い」港であることにも起因している。
 明治初期に、内務省から依頼を受けたオランダ人技師ムルドルを中心にチームが結成され、熊本港築造のための調査がおこなわれた。それまでは、坪井川河口の百貫港が熊本の町中と外海との物流拠点となっていたが、規模が小さかったため、大量の貨物を扱える港を新しく設ける計画が進められたのである。ところが調査で明らかになったのは、予定地の周辺の海域が遠浅かつ地盤が軟弱なうえ、潮位差が大きいため、港湾の建造は困難という結論より、計画は断念された。
 その代役を果たしたのが、ムルドルが建設を手がけた三角(みすみ)港で、大正末期まで貿易港として機能した。また、明治政府の奨励を受けた八代港が工業港として発展した。だが、いずれも市の中心部から離れていたため、熊本都市部の玄関口の役割を果たすことはできなかった。街の活性化を担う港が登場するまでには、まだ長い時間を要したのである。

[写真左]熊本港が本格的に稼動し始めたのは平成に入ってからのこと
[写真中右]1989年頃の建設工事の様子 [写真右]三角港には100年以上前の港湾施設がいまも残っている

高度技術が集約された港

 明治時代に熊本港の建設計画が断念された大きな要因として、厚さ40mにも及ぶ軟弱地盤と4.5mもの大きな潮位差がある。現在の熊本港には、港湾機能を十全に保つための高度な技術研究の成果が集約されている。
 そのひとつが「潜堤」だ。有明海の沿岸は、泥土やシルト(砂より小さく粘土より粗い細粒土)などの細かい粒子が波や潮の流れによって運ばれ、航路や泊地に堆積する「シルテーション」という現象が起こる。
 これに対応するため、航路の両側に逆T型のコンクリートブロックを築くことにより、泥土などの航路への侵入を防ぐというものだ。潜堤が実用化されたのは、熊本港が世界初である。
 次に挙げられる「軟着堤(軟弱地盤着底式防波堤)」は、堤体の重さを軽くするとともに、堤体の底版幅を広くすることで海底の地盤に伝わる荷重を減少する。地盤改良はおこなわずに、杭を打ち込んで海底面に設置されており、杭の横抵抗力で波力に耐える。熊本港の南防波堤で実用化されている。
 軟着堤といえども、施工箇所が沖合に進むにつれて、水深の増大と地盤強度の低下に伴い堤体の大型化と建設コストの増大が懸念される。そのため、堤体幅の縮小と重量の低減に取り組み、従来のものとくらべて約4割のコスト減となる構造体の実用化が図られている。
 熊本港でこうした高度な技術が駆使されているのは、可能な限り自然環境を守るためでもある。国土交通省九州地方整備局熊本港湾・空港整備事務所の下野隆司第一工務課長に話を伺った。
 「有明海は全国でも有数の海苔の産地。沿岸の自然環境に対する影響の少ない整備を前提としています。航路などは恒常的に浚渫をおこなう必要がありますが、これについても『高濃度空気圧送工法』という全国で初めての技術を採用しました。浚渫した土砂を配送管で埋立場所へ送るのに、圧縮空気のエネルギーで輸送するシステムです。海水の混入を最小限に抑えることができ、海中の生物への影響も抑えられます」(談)  自然環境と地域の産業と共存共栄していく熊本港は、時代に求められる港湾のあり方を具現化している。

潜堤は、航路の両側に水面下に没した低い堤防を築いて、航路の埋没を防止するもの。東南アジア諸国にはシルテーションが問題となっている地域があり、熊本港の潜堤の効果などの情報が提供されている

軟着堤は堤体に通水孔を空けることにより、軽量化とともに港内外の海水交換を可能にし、環境への配慮がなされている

高濃度空気圧送工法のフロー

[写真左]南防波堤の軟着堤 [写真中]一般的な堤体 [写真右]軟着堤は地盤改良をおこなわずに杭を打ち込んで施工される