プロムナード 人と、海と、技術の出会い
防波堤、桟橋、ふ頭などの港湾構造物には、鉄矢板や鋼管杭、鉄筋コンクリートといった部材が大量に用いられている。
これらの部材は長期間潮風や海水にさらされると腐食が進み、港湾施設は使用不能となってしまう恐れがある。
こうしたことから、厳しい環境下にある港湾構造物を腐食から守り、安全な港を維持するための防食工法が研究開発されてきた。
鉄は何故錆びるのか?
桟橋や岸壁では鋼矢板や鋼管杭などの鋼製材料が海水に直に接触し、潮風にさらされる環境下で港湾施設を支えている。さらに、防波堤や岸壁を築造する際のケーソンなどの港湾施設にはコンクリートを補強するために鉄筋を埋め込んだ鉄筋コンクリートの構造物が大量に用いられている。これらの鋼製材料や鉄筋が腐食すると港湾施設そのものに多大な悪影響を生じさせることになる。鉄はなぜ錆びるのか、そのメカニズムについてみてみよう。
鉄が腐食する環境、原因は多種多様だが、港湾構造物が設置される海洋、淡水、土壌など、pHが中性といえる環境では水と酸素が大きく影響する。目には見えないが鉄の表面には微細なプラス、マイナスの電極が生じ、無数のミクロ腐食電池を形成している。鉄筋の表面から鉄イオン(Fe2+)が溶解し(アノード反応)、鉄イオンが残した電子が水や酸素と反応して水酸イオンを形成する(カソード反応)。こうした作用によって腐食電流が発生し、水酸イオンは鉄イオンと反応して酸化鉄を生成する。これが錆、つまり「鉄の腐食」の正体だ。
海底の土中に打設された鋼管杭などの鋼材は、海泥中から海水中を経て、大気中に露出したり水中に没したりを繰り返す干満帯、常にしぶきを浴びている飛沫帯、そして海上の大気中と様々な環境下に置かれている。この環境の違いによって1本の鋼管杭でも全体が一様に腐食するのではなく、部位によって腐食の速度が異なる。最も腐食速度が速いのは酸素と水分が供給されやすい飛沫帯と平均干潮面直下の部分で、大気中の約100倍の速さで腐食が進行する。矢板式岸壁のように前面が海水、背面が土砂と接触する構造では、海水側と陸側では腐食する速度にも差異があることを設計上考慮する必要がある。
鉄筋コンクリートの場合は内部の鉄筋が錆びると、酸化鉄によって膨張した鉄筋が周辺のコンクリートを内側から圧迫してひび割れの原因にもなる。
こうした鉄の腐食から港湾構造物を護る工法が「防食工法」だ。
■構造物の劣化事例
■モルタルライニング工法の概念図
■モルタルライニングによる塗覆装工法の事例
■海中の鋼材の腐食速度
■流電陽極方式の概念図
■流電陽極方式による電気防食工法の事例
鉄を腐食から守る技術
防食工法は「電気防食工法」と「塗覆装工法」の二つに大別される。電気防食工法は海中の鋼材表面に施される工法で、外部から電流を流入することで腐食電流を消滅させて腐食を防ぐ電気化学的な工法だ。鋼材から海水に流れ出ようとする腐食電流に対し、これに対抗する直流電流を連続的に送ることによって鉄のイオン化を防ぐ。塗覆装工法は鋼材表面に加え、鉄筋と鉄筋コンクリート表面を防食の対象として開発された。これらの被防食体を腐食の原因となる環境要因から遮断することによって防食をする。さらに鉱物の混和材を使用することによりコンクリート自体の品質を向上させる技術の研究も進んでいる。
●電気防食工法
電気防食工法には「外部電源方式」と「流電陽極方式」の二つの工法がある。外部電源方式は、一般の交流電力を整流器によって低圧の直流電流に変換し、補助陽極(電極)によって被腐食体に防食電流を供給する方法だ。電極には銀や鉛、白金メッキ電極が使われることが多く、若干高価な点が難点といえる。しかし、この方式によって電圧、電流を調整することが可能で、河口部など季節によって環境が変わる場合などに適切な防食効果を得ることができる。
流電陽極方式は、被防食体の鉄よりもイオン化傾向の高いアルミニウム合金などの金属を鉄とつなぎ、鉄がイオン化する代わりにそれらの金属をイオン化させることによって鋼材の腐食を防止する。両金属の電位差で「電池」が形成され、これによって発生する直流電流を防食電流として活用する。アルミは経済性、維持管理の面で優れており現在ではこの流電陽極方式が主流となっている。
電気防食工法は鉄筋コンクリートの延命化にも応用されている。コンクリート中の塩化物イオンの除去や、コンクリート表面の被覆措置なども不要なことから低コストでありながら高い防食効果を得ることができる工法だ。
●塗覆装工法
大気中の酸素に触れやすく、さらに飛沫をあびている桟橋の上部工下部などは腐食の速度も早く、鉄にとっては過酷な環境と言える。主としてこうした腐食環境に施されるのが塗覆装工法だ。この工法には塗装、有機ライニング、無機ライニングなどに分類される。塗装は被腐食体の表面に合成樹脂を塗りその塗膜によって防食を施す手法だ。構造物の置かれている環境、種類、製作方法によって様々な塗装材料が開発されている。補修や塗り替えが容易で、仕上りも美しいため主流の工法として実績も多い。
有機ライニングはレジンモルタル(エポキシ樹脂に骨材を加えてモルタル状にしたもの)などのライニングにより構造物を被覆する工法。プラスチック、ゴムなどが使用される場合もある。
この他にも様々な防食工法が研究開発されている。「電着工法」は海水中に設置した陽極から鋼材(陰極)に直流電流を流すことによって海水に含まれる陽イオンを鋼材表面に移動させカルシウムやマグネシウムからなる電着物質を析出する工法だ。電着物質は鋼材の表面を保護するとともにコンクリートのひび割れ部にも充填され、補修効果が期待できる。
さらに、コンクリート表面に付着したフジツボやカキなどは極めて硬質で遮蔽性に優れた炭酸カルシウムの膜を形成するが、これがコンクリート内部への塩化物イオンの浸透を疎外するこということもわかってきた。今後、着生しやすい素材や形状の研究が進めば生物の力を応用した防食工法も開発されるかもしれない。
また、こうした港湾構造物の状態を正確に把握し、適切な防食工法の選定や維持管理計画を立案するシステムも開発されている。目視調査によって外観を観察し、部材、部位ごとに劣化度合を分類。そのデータをこれまでに建設されてきた構造物の外観調査結果と綿密に照合しながら劣化進行モデルを作成し、耐久性の診断、最適な補修工法の選定が可能となった。
港湾構造物は大切な社会資本だ。これらの構造物を長期に渡って維持し、港の安全を揺るぎないものとするため、防食工法は重要な役割を果たしている。