『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて
オホーツクの流氷と風雪に鍛えられた港
全長35m、幅7mの真っ赤な船体がガリガリと音をたてて左に傾いた。流氷観光船「ガリンコ号II」のドリル状のスクリューが、流氷に乗り上げた瞬間だ。乗船客から歓声があがる。スクリューは流氷を押し砕き、船体は悠然と沈み込んで再び水平を取り戻した。
「アラスカの油田開発でも操業可能な船を建造するための実験船だったものを整備して、昭和63年から流氷観光に活用しているんです。」と語る(株)オホーツクガリンコ観光汽船の山井茂船長は根っからの船乗りだ。「紋別に生まれて物心ついた頃から海に憧れていました。ガリンコ号は実験船だった頃から乗船してますからもう約20年になります」。
オホーツクの流氷は冬の紋別のシンボルだ。12月下旬に結氷が始まると、翌年の3月頃、初めて漁船が出港する「海あけ」の季節まで多くの観光客がこの流氷の美しさと迫力を求めて全国から訪れる。氷の上に黄色いクチバシをもつ大型の鳥が降り立った。「この港には自然の生き物がまだまだたくさんいます」そう話しながら、マイクを手に「右側にオオワシがいます!」と船内にもアナウンスした。乗船客がもの珍しそうに操舵室へ入っても船長は拒まない。逆に流氷のレクチャーや、時には世間話をしながら舵をとっている。そのおおらかさが嬉しい。乗船客も楽しそうだ。しかし、スクリューの油圧レバーと舵を握る表情は真剣だ。薄い流氷が重なり、小さな氷山のように成長するころになると操船も難しくなる。目の前の流氷を噛むか、避けるかの判断が微妙なのだ。船長は、長年の経験と勘が流氷の硬さ、大きさを教えてくれると言う。紋別の海を知り尽くしているからこその言葉だ。
海と市民を結ぶ港を創る
紋別港の港南地区は「ガリヤゾーン」と呼ばれる親水エリアで、海洋観光ゾーンとして人気を集めている。このゾーンを活用して市民と紋別の海の親水性を高めようと積極的に活動している人たちに出会った。特定非営利活動法人「NPオホーツク・クラスター」の皆さんだ。港湾空間アドバイザーを務める池澤康夫さんは「私が子供の頃、海岸では足の踏み場もない程ウニが捕れたものです。紋別の海は遊び場でした。時代が変わっても人と海は呼び合っている。海や港に親しめるオホーツク紋別ならではの仕組みを創っていきたいですね」と語る。この組織は紋別市周辺の12市町村が連携し、行政区域を超えて新しい産業の模索、起業支援に取り組んでいる。部会長の牧野正則さんは「紋別はサケ、マスなど、釣りの楽園です。一昨年はホワイトビーチに魚を放し、普段体験できないような特別な魚釣りを紋別の海で楽しんでもらうイベントを実施しました。初めての試みで課題も残しましたが、これからも続けていきたいと思っています」と抱負を口にする。副代表の山中雅一さんは話をこう続ける。「短い夏には毎日のように海に出かけ、係留された漁船の底を何艘素潜りでくぐることができるか!なんてよく競争したものです。我々の世代は地域と紋別の海に特段の愛着があります。市民と海を結ぶ、町と港を繋ぐ、そんな活動をこれからも展開していきますよ」。
「クラスター」はこの他にも、旅人に宿舎や馬を提供した大正時代の施設「駅逓所」を改修し、体験学習の場として復活させる活動なども展開している。紋別を愛し、オホーツクの海とともに生きてきた人たちによって新しい港が生まれようとしている。
第3防波堤
紋別の町づくりに挑む「NPオホーツク・クラスター」の皆さん。左から山中雅一さん、池澤康夫さん、牧野正則さん
真っ赤な船体が流氷の海に映えるガリンコ号Ⅱ
散策路になっている第3防波堤(クリオネプロムナード)
プロムナードの途中ではアザラシが迎えてくれる
オホーツク流氷科学センターは流氷情報の発信基地だ
紋別の語源は「静かなる川」。モベツ川の河口付近にはアイヌ民族の集落があった
短い紋別の海を様々なイベントで彩る人工海水浴場「ホワイトビーチ」