21世紀に伝えたい『港湾遺産』

[No.18] 新潟・佐渡相川港跡 資料編

準コンクリート工法(たたき工法)

 「たたき」は明治以前にも住宅の土間など比較的小さな場所に使われてきたが、明治以降の近代化の過程でも重要な材料として重宝されていく。海洋構造物など大型の土木構造物に使われたのが特徴だ。明治時代にセメントが登場したもののまだ高価だったため、それに代わる安価な代替材料として使われたものである。愛知県土木部では、一時期、土木工事の仕様の中にたたき工法を入れていたというほど、公共工事でも使われた。

 鉄とコンクリートとガラスは、近代の構造物を技術的に可能にした三大材料といわれる。たたきは、セメントとコンクリート工法が一般に普及するまでのわずかの間ではあるが、日本の発展を支えたもう一つの近代化工法といえる。

港湾設備

 トーチカを思わせる頑丈そうな構造物、海側に突き出た搭状構造物、朽ち果てた鋼トラス橋、さらに石積みの船溜りなど、いまは使われていない相川港跡にはかつての隆盛を連想させるいくつかの近代化遺産の跡が残っている。トーチカのような構造物はクレーンの台座であり、海側に突き出た搭状構造物が石炭荷揚げ用と鉱石運搬用の高架鉄道の橋脚だ。鋼トラス橋には、下に着けた船に直接鉱石を積めるようにホッパーが設けられている。

 相川鉱山は、江戸期から約400年の歴史があるが、いま遺されている相川港の港湾施設は、いずれも明治以降(石炭荷揚げ用の高架軌道の橋脚は昭和14年(1939))に建設されたものだ。相川鉱山を中心に周辺の鉱山を含めて、世界遺産に登録しようという動きもある。