『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて
貴重な動植物の宝庫、原始の森が広がる本島北端への道
本部半島から北の東村、大宜味村、そして北端の国頭村までの広大な地域が“山原(やんばる)”と呼ばれるエリアだ。人影、車もほとんど目にしなくなるこの一帯の8割近くはシイ、カシ、シダなどの原始林に覆われている。ジャングルと言っても過言ではない深山幽谷の森林地帯が茫々と広がっているのだ。地球上でここだけに生息する天然記念物の珍鳥ヤンバルクイナを始め、5500種近い生物も確認されている。圧倒的な存在感で迫る山原の森は最近ではトレッキングコースとしても注目を集めている。
まさに生命の宝庫ともいえる山原と東シナ海を分かつ境界線のような58号線は北端の奥に近づきつつある。この辺りの海岸にリゾートビーチの面影はない。大きな波が岩場にぶつかり、砕け散る様は本州の日本海沿岸を思わせる激しさだ。
辺戸(へど)岬の手前にある「茅(かや)打ちバンタ」は断崖絶壁で有名な景勝地だ。この崖(バンタ)から茅の束を投げ込むと、海風でバラバラに打ちすえられてしまうことからこの名が付いた。現在は展望台まで車でアプローチできる道も、かつては人一人すれ違うことができないほどの難所だったという。これとは対照的に70m眼下の宜名真(ねぎま)漁港は、古き良き沖縄の佇まいを見せてくれる。漆喰で固められた堅牢な屋根をもつ民家が軒を連ねる小さな漁村だ。道端にハイビスカスが彩りを添えていた。ここから3Kmほど北に突き出た岬が本島北端の辺戸岬だ。晴れた日には遠く鹿児島県の与論島、沖永良部島まで見渡すことができる。
陽の光があふれる白砂のビーチだけが沖縄の全てではない。海岸線には至るところに漁港が点在し、おおらかで心暖かい人々がたくましく暮らしている。各港湾では、未来の海上物流を見据えた、港湾機能の整備事業も進められていた。昭和50年に開催された沖縄国際海洋博覧会のテーマは「海、その望ましい未来」であった。今、そのテーマを受けて、新たな沖縄の海が創造されようとしている。
本島最北端で東シナ海と太平洋を分かつように突き出た辺戸岬。高さ20mほどの断崖絶壁には遊歩道が整備され、絶景を堪能することができる
ヤンバルクイナ、ノチゲラなど天然記念物に指定されている鳥類や、爬虫類が棲む熱帯のジャングル、やんばるの森。圧倒的な存在感をもって迫ってくる
やんばるの森には古来盗賊が頻繁に出没し、旅人を襲うことがあったと伝えられる。そうした伝承もリアルに実感できる神秘的な森林地帯が広がる
大宜味村の静かなビーチ。本島の西海岸には、美しいビーチが点在しているが、北上するにつれて波は荒く、逞しさを増していくように感じられた
古き良き琉球の面影を色濃く残す国頭村東海岸の安波集落。屋根にシーサーを乗せた家や、茅葺きの屋根も見ることができる
那覇の台所と言われる第一牧志公設市場。青、緑、赤といった原色の魚や、「鳴き声以外はすべて食べる」といわれる豚のチグマー(豚足)や、チラガー(耳皮)などが並ぶ
写真/西山芳一
COLUMN
沖縄の新しい道を海底に造るトンネル
那覇港で進められている沈埋トンネルの工事は、既に大阪、神戸など全国の港湾整備事業で採用されている工法だが、那覇ふ頭港口部の工事では他にはない画期的な新技術が導入されている。那覇沈埋函製作工事共同企業体の池田泰敏主任に、説明していただいた。「今ここに係留されている1号函は鋼殻の製作を北九州で行い、5日間をかけて沖縄まで回航されてきたものです。ここでは、国内では初めての画期的な技術がいたるところで採用されています。たとえば鋼殻を水面に浮かせた状態で1万㎥もの高流動コンクリートを打設しています。さらに、上下の床板と側面のすべての構造部材でフルサンドイッチ構造も採用しています」
立坑に接合される函にはベローズ継手という波形の鋼板製の継手が採用されている。この継手は熱の変化による膨張や地震などによる変位を吸収し安定性を高めている。また、沈埋トンネルの最終継手は、従来の「Vブロック工法」を開発・発展させた「キーエレメント工法」の採用が決定している。
こうした工程を経て那覇港の海底に新しいトンネルが造られようとしている。今日も最新技術の粋を結集して2007年のトンネル完成に向け、作業が続けられている。
長さ約91.0m幅36.94m高さ8.7mの沈埋函の1号函。コストの低減、安定性確保のための最新技術が導入されている