『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて
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「何もかも自然が教えてくれる」マグロ漁名人の哲学
山田さんが「名人」と呼ばれたわけをご本人は、「魚探(魚群探知機)のおかげですよ」という。戦後間もないころ、他の漁師が運やカンに頼り、海の表面だけを見ていた時期に海の中の様子を見ることができるハイテク機器を導入したのだ。「海の中が見えた方がよくわかる。医療の現場でレントゲンやCTスキャンを使うのと同じことです」
徳島の農家出身である山田さんは第二次世界大戦中、海軍に従軍していた。暗い夜の海、何も見えないはずなのにアメリカ軍は正確に攻めてくる。戦後、それはレーダーというハイテク機器を使っていたためだと知った山田さんは、「これからは漁もハイテクだ」と考え、魚探やその他の機器を積極的に使い始めた。「あるとき、魚探に3500mの深さのところにマグロやイワシの群が写っていた。ノルウェーの寒流でマグロを見つけたこともある。そんな深いところや寒いところで魚が生きていられるはずがない、と皆が言ったが、現実にそこに魚がいたんだ」。それまでの漁の常識を覆すような事実も、魚探によって明らかになっていったのだ。
魚探を使って漁を続けていくうちに、山田さんはマグロがさまざまなことをどん欲に学んでいることを知る。生き残るために必死に「学習」しているのだ。たとえば、聞き慣れない漁船のエンジン音には警戒するが、すぐにマグロを獲らずにしばらくエンジンだけかけておくと、マグロは「このエンジン音には危険がない」ことを「学習」する。それから仕掛けを入れるとおもしろいようにマグロが獲れるのだ。「こういった魚の『心』は、海の表面だけ見ていたのではわからない」と山田さんは言う。
魚探というハイテクを使いこなす一方で山田さんは、「あらゆることは自然が教えてくれる」ともいう。あるとき、三重県で会った老人が「菜の花が咲いたから、花鰹が来る」と言うのを聞いて、山田さんは生物がすべて自然のリズムに沿って活動していることに気づいた。潮の流れ、花の開花、魚の回遊、こういったことは互いに関連したリズムで変化している。この自然のリズムを読みとれば、いつ、どこにマグロが来るか予想ができるのだ。
さらに「生物はみんなバランスを考えている」という。「シャチは海には敵がいない。でも、放っておいても海がシャチだらけになる、ということはない。シャチは5、6年で一匹ぐらいしか増えないんだ。海では強いものは子どもを少ししか産まないし、弱いものはたくさん産む」
最近、マグロが減っているとして規制を求める声もあるが、山田さんは明快に反論する。「大西洋のマグロはふつう、100kgぐらいにならないと卵を産まないんだけど、数が少なくなってくると30kgぐらいでも卵を産む。だから1年もあれば倍になって、数が回復する」
どうしても規制が必要なら、減船ではなく減トンを、と主張する。船の数を減らさずに、漁獲高を一律に引き下げる、というものだ。漁獲高が減った分は高く売ればいい。最近では韓国や台湾でもマグロ漁が盛んになっている。漁をする人が減ってしまうと、技術が継承されなくなってしまい、国際的な競争力も落ちる。山田さんは今年、自らが編み出した漁法やマグロについての知識を伝えるため、沖縄を始めとして全国各地でマグロ漁について講演や指導をする予定だ。日本の食文化に根づいたマグロ漁を守り、育てていこうと意気込みを見せる。
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間近に富士山を望み、夕焼けに映える三崎港。朝の早い漁や入札に備えて、港も船も静かな眠りにつく
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三崎港の東側、北条湾は沿岸船の港。後方に城ケ島大橋が見える
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商店として使われている三崎蔵。歴史の残る建物を大切に使っている様子がうかがえる
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三崎の魚屋ではふつうの刺身や干物の他に、「マグロの胃」などといった他ではちょっとお目に掛かれそうにない珍味が並んでいることがある。料理法を聞いて買って帰るのもおもしろい
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左が最福寺境内の鐘。住職がペリーからもらった時計を見ながらついたという鐘は、三崎の人の暮らしのリズムをきざんでいた。右奥に見える本堂は御船奉行の屋敷跡にふさわしい悠然たる構え。静かな境内にはたくさんの木が植えられている
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三崎は坂の多い町だ。さらに細い路地が入り組んでいて、思わぬところで急に視界が開け、海を眺望することができる
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大漁を祈願して建てられた浪切不動。ひっそりと建つ風情が愛らしい
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変化に富んだこの地域の海岸線は、ハイキングコースも整備され、ダイビングなどの観光スポットとして有名。三崎の西側には多くの海水浴場を擁する相模湾が広がる